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2026.7.09

新しいコミュニティの形

新しいコミュニティの形

――地縁組織の限界と目的共有型コミュニティの可能性――

一般社団法人 Be Reborn

事務局長 梅本 陽子

 

「一般社団法人Be Reborn」https://be-reborn.or.jp/ は、

再犯を防ぐための教育と、就労支援の基盤づくりに取り組む更生保護事業の協力組織。

主な活動は、出所者等への社会復帰支援(生活・居場所・教育・就労)。

 

一 はじめに――問題の所在

本稿の目的は、少子高齢化と家族形態の変容が進行するなかで、自治会・住民協議会をはじめとする従来型の地縁組織が直面する構造的な限界を明らかにし、それに代わり得る、あるいはそれを補完し得る「新しいコミュニティの形」を提示することにある。

問題意識の出発点は、次の二つの相反する現実にある。第一に、地縁組織の担い手は急速に細り、地域活動の持続可能性はすでに危機的な水準に達している。第二に、その一方で、異常気象や地震などの自然災害は年々増加しており、災害時に一人でも多くの命を守るうえで、人と人とのつながり、すなわちコミュニティの必要性はむしろ高まっている。担い手が減り続けるにもかかわらず、コミュニティへの社会的要請は増大する。この乖離をいかに埋めるかが、本稿の中心的な問いである。

この問いを考えるにあたり、筆者自身の経験に触れておきたい。約十年前、某大学の先生の紹介により、千葉県の生涯大学校において「コミュニティ」や「地域づくり」をテーマとする講義を担当した。先日、当時の受講生から一通のLINEが届いた。「あの時植樹した桜、大きくなりました」という一文である。講義の内容にとどまらず、あの日の経験が今も記憶され、受講生同士のつながりが地域活動として続いていた。コミュニティとは、人と人との関係が時間をかけて育ち、心の中に残り続けるものである。この実感が、本稿の議論の底流をなしている。

 

二 従来型地縁組織の構造的限界

自治会・住民協議会は、行政単位を基礎として組織され、長らく地域活動の中核を担ってきた。しかし現在、その基盤は複数の要因によって同時に掘り崩されている。

第一に、担い手の不足である。少子高齢化の進行により役員のなり手は減少し、自治会を退会する家庭も増加している。共働き世帯にとって、清掃活動や草刈りといった休日の共同作業への参加は現実的に困難であり、参加できない代わりに出不足金を支払うという対応も広がっている。金銭による代替は一見合理的な解決に見えるが、それは同時に、地域との関わりが義務の履行へと形骸化していく過程でもある。

第二に、家族形態の変容である。核家族化の進展により、世帯が地域活動に割くことのできる時間的・精神的な余力は、かつてに比べて大きく減少した。

第三に、世代構造の問題である。団塊の世代は八十歳前後を迎え、なお元気に活動する者も多いが、持病を抱えながら地域を支えている者も少なくない。他方、団塊ジュニア世代は五十代となり、仕事、子育て、親の介護といった複数の役割を同時に担っており、地域活動の新たな担い手として期待することは容易でない。

これらの要因は個別に生じているのではなく、相互に連関しながら地縁組織の持続可能性を損なっている。行政単位で築かれてきた自治会・住民協議会のみに地域活動を委ねる従来のモデルは、すでに限界に達していると考えるべきである。

 

三 高齢者依存の実態――登下校見守り活動を例に

地縁組織の限界を象徴する事例として、小学生の登下校を見守る活動を挙げたい。この活動の多くは、現在、高齢者によって担われている。使命感を持ち、子どもたちの安全を守ることに生きがいを感じながら活動する者は少なくない。しかし、近年の猛暑は厳しく、毎日活動を続けることに身体的な限界を感じる年齢でもある。

ある見守り隊の参加者は、筆者に次のように語った。子どもたちを守るのは本来、保護者や学校が中心であり、自分たちはその手伝いにすぎない。しかし、このまま高齢者だけに頼る形で、本当に続けていけるのか、と。この問いかけを契機として、当該地域の学校では、活動のあり方を全体で話し合う場が設けられることになったという。

この事例が示すのは、単なる人手不足ではない。本来は保護者・学校・地域が分担すべき機能が、事実上、高齢者の善意と使命感に一方的に依存する構造となっており、その構造自体が持続不可能になりつつあるという問題である。

 

四 災害リスクの増大とコミュニティの必要性

地縁組織が衰退する一方で、コミュニティへの社会的要請は増大している。その最大の要因が、自然災害リスクの高まりである。異常気象や地震などの災害は年々増加しており、災害時に一人でも多くの命を守るためには、人と人とのつながりが不可欠である。

しかし現実には、災害が発生したとき、隣に誰が住んでいるのか、どこで生活しているのかさえ分からないという地域が珍しくない。共助の前提となる日常的な関係性そのものが失われつつあるのである。ここに、冒頭で述べた乖離――担い手の減少と要請の増大――が最も先鋭的に現れている。

 

五 目的共有型コミュニティという構想

では、これから求められるコミュニティとはどのような形か。筆者は、「同じ目的を持って時間を共有した仲間」が新しいコミュニティの核になると考える。本稿ではこれを、地縁を基礎とする従来型組織と対比して、目的共有型コミュニティと呼ぶこととする。

例えば、選挙で一人の候補者を応援した仲間を考えてみたい。同じ目標に向かって活動した時間は、結果の如何にかかわらず強い連帯感を生む。また、趣味のサークル、スポーツクラブ、習い事、旅行仲間、ボランティア活動など、自らの意思で参加し、共に時間を過ごす集まりには、自然な信頼関係が育まれる。地縁が「そこに住んでいる」という所与の条件に基づくのに対し、これらの集団は自発的な参加と目的の共有に基づく。義務感ではなく内発的な動機によって維持される点に、その持続力の源泉がある。

重要なのは、こうした集団を地域の共助機能へと接続する回路を設計することである。例えば、普段はランチ会を開いているグループが、その日は防犯セミナーに参加する。習い事の終了後に一時間だけ介護教室や防災講座を開催する。既存の活動の延長線上に、無理のない形で地域的な機能を付加していくのである。

 

六 行政の役割――講師派遣制度の対象拡大

目的共有型コミュニティを地域の資源として活かすうえで、行政の果たすべき役割は大きい。多くの自治体には、防災、防犯、介護、健康づくりなどの専門講師を地域へ派遣する制度がすでに存在する。しかし、その対象は自治会等の地縁組織に事実上限定されていることが多い。

この制度の対象を、地域のさまざまな自主グループにも広く開放することを提案したい。新たな組織の設立や大規模な財政支出を要するものではなく、既存制度の運用を見直すのみで実現可能な施策である。これにより、多くの人が無理なく地域との接点を持つことができ、自主的な集団の内部に蓄積された信頼関係が、防災・防犯・福祉といった地域課題の解決へと波及していくことが期待される。普段から顔を合わせ、支え合うコミュニティが存在していれば、そのつながりは地域全体へと広がり、結果として多くの命を守る力になるはずである。

 

七 おわりに

時代とともに、家族の形も働き方も価値観も大きく変化した。多様性を尊重することの重要性は言うまでもない。しかし、個人の尊重のみに立脚する社会では、地域のつながりは弱体化する。個人の自由と地域の共助をいかに両立させるかが問われているのであり、その結節点となり得るのが、自発的な参加に基づく目的共有型コミュニティである。

地域には必ず、同じ目標を持ち、達成感を共有している集団が存在する。そのような自主的なコミュニティを行政が後押しし、地域全体へ広げていく仕組みを構築すること。それこそが、現代に求められる「新しいコミュニティの形」であるというのが、本稿の結論である。

十年前に植えた桜が大きく育ったように、人と人とのつながりもまた、時間をかけて育まれる。制度だけでは育たないものがある。人を思い、共に過ごし、支え合う。その積み重ねこそが、これからの地域社会を支えるコミュニティになると、筆者は考えている。(以上)