人口減少時代の公共施設マネジメント
―公認会計士が答える 実務Q&A(全3回)―
公共施設の一斉老朽化と、人口減少による財源・人材の縮小。自治体の現場では、コスト推計から財源確保、住民合意、官民連携まで、答えの出しにくい課題が同時に押し寄せています。本連載では、自治体の実務担当者から実際に寄せられた数多くの疑問を、公認会計士の渡邊靖雄氏がQ&A形式で読み解きます。全3回にわたり、現場で「次の一手」を考えるための実務的な視点をお届けします。
執筆者紹介
渡邊 靖雄(わたなべ・やすお)/公認会計士
公会計と公共施設マネジメントを接続する公認会計士。
北海道の自治体職員出身。公認会計士。地方公会計と公共施設マネジメントを専門とし、自治体に対する助言・支援に携わる。事業別フルコスト情報やKPIの設定・評価、使用料・手数料の改定にあたってのフルコスト情報の活用など、公会計情報を行政の意思決定につなげる取組みを各地で支援。自治体職員を対象とした勉強会・研修の講師も務める。財務の専門家の立場から、「精緻さの追求」よりも「見直し続けられる仕組み」を重視し、限られた資源を「残すべきもの」へ集中させるマネジメントのあり方を提言している。
第1回 将来コスト・財源・計画 ―推計と総量縮減の考え方
将来コストの推計や財源の確保、計画と予算の連動は、公共施設マネジメントの土台です。第1回は、物価高騰のなかでのコスト推計の考え方から、総量縮減を見据えた計画づくりまでを取り上げます。
■ 将来コスト推計の精緻化
Q 物価高騰や建設費の変動が続くなか、公共施設の将来コスト推計をどう精緻化すればよいでしょうか。
A 精緻さを際限なく追い求めるより、考え方の軸を持つことが重要です。企業会計でも将来の見積りは必ず発生しますが、そこでは「算定時点で最善の見積りであったか」を重視し、その後の不確実性は都度フォローして見直していきます。当初の見積りが誤りだったのではなく、新しい情報で更新するだけ、という整理です。公共施設も同じで、見積りと実績に大きな乖離がなければそのまま、大きな乖離が生じたら推計自体を見直す、という場合分けの仕組みを持つのが現実的です。乖離を早期に検知して見直せる体制こそが、結果として推計の実効的な精度を保ちます。将来の物価上昇率を時間軸ごとに精緻に織り込もうとするのは不毛で、現時点の単価で統一して推計し、計画改定時に最新単価へ洗い替えるほうが合理的です。
Q 自前の費用事例が少ないなか、正確な工事単価をどう設定すればよいですか。
A 自前の事例が少なくても、国や都道府県が公表する標準単価・設計労務単価・建設物価・積算資料といった客観的な公表値を使えば、根拠ある積算は可能です。これらは資材費・人件費の動向を反映して更新されるため、「算定時点で最善の単価を用いた」と対外的に説明できます。過去情報から導く物価係数は足元の変動の反映が遅れるため、起点とする単価は過去の値に固定せず最新の公表値を用いることが前提です。なお技術者が庁内におらず積算自体ができない場合は外部委託が現実的ですが、予定価格の公正性を保つため、委託先は当該工事を受注し得る施工業者ではなく、受注に関与しない第三者の設計・積算事務所とすることが前提となります。
Q 物価変動を理由に、総合管理計画の目標値も見直すべきでしょうか。
A 目標値そのものを物価変動で修正すると、物価が動くたびに目標がぶれ、達成度を評価できなくなります。目標値は延床面積の縮減率など物価に左右されない指標で持ち、改訂時も原則維持したうえで、物価変動はコスト推計の側を最新単価へ洗い替えて反映します。目標値自体の修正は、人口推計や財政見通しが大きく変わった場合に限るべきです。
Q 将来コスト推計は、一律の平米単価でよいのか、施設ごとに個別化すべきでしょうか。
A 一律の平米単価を用いること自体は否定されません。精緻な個別積算に時間をかけて意思決定が止まっては本末転倒だからです。現実的には、学校・庁舎・公営住宅・スポーツ施設といった用途分類ごとに標準単価を設定する程度の個別化が、精度とスピードの妥当なバランスです。そのうえで、更新費用が大きい施設や更新時期が近い施設など、判断への影響が大きいものに限って個別見積りに切り替える、という重要性に応じた濃淡の付け方が有効です。粗くても早く全体像をつかみ、継続的に見直せる仕組みを持つことが、結果として適切な意思決定につながります。
■ 財源の確保と総量縮減
Q 老朽化と人口減少が同時に進むなか、更新・修繕の財源をどう確保すればよいですか。
A すべての施設を一律に維持し続けることは不可能で、財源確保の最も本質的な対策は、総量の縮減によって更新需要そのものを減らすことです。そのうえで、中長期の必要額と現在の支出水準の乖離を埋める方向は二つあります。一つは財源を増やす方向で、目的基金の積立てや起債による年度間の負担分散、受益者負担の観点からの使用料見直しなど。いま一つは必要額を抑える方向で、総量縮減・長寿命化に加え、施設ごとに優先順位を定め、①積極的に修繕・更新を継続する施設と②安全確保に必要な範囲にとどめる施設に分類して財源を重点配分することです。単年度予算ゆえの先送りを防ぐには、更新時期を計画的に分散・平準化し、基金や起債で負担の重い年度に備えておくことが欠かせません。
Q 総量縮減を、地元で角を立てずに進めるにはどうすればよいですか。
A 政治的・感情的なバイアスを排し、客観的・中立的な立場から判断するために、外部の専門家の知見を活用することが有効です。専門家が財政状況や将来推計を中立的に説明し、住民対応の矢面に立つことで、行政が直接対峙する場合よりも感情的な対立を避けやすくなります。なお発想としては、「残す施設を一つずつ選び出す」のではなく「廃止を原則としたうえで、残すものに積極的な理由を求める」運用に切り替えることが、判断の先送りを防ぐうえで有効です。残すべき明確な理由を示せない施設は、消去法的に廃止の方向で整理していく、という考え方です。
■ 計画と予算の連動・再編
Q 総合管理計画・個別施設計画と予算編成をどう連動させ、庁内の合意を図ればよいですか。
A 計画は、個別施設計画(子)を集約・調整したものが総合管理計画(親)という親子関係にあり、連動は双方向で確保します。庁内連携は、財源の総量を把握する財政課が主導し、営繕担当課の劣化度・更新費、マネジメント担当課の全体方針、所管課の利用実態を一つの場に突き合わせ、共通データの上で議論するのが効率的です。財政課が将来投じうる財源総量を示し、劣化度や利用率といった客観指標で各施設への按分を議論し、なお調整がつかなければ最終的に首長がトップダウンで判断する二段構えが現実的です。予算連動を実効化するには、中期財政見通しと計画上の更新需要を同じ前提で突き合わせ、計画上の所要額を前提に要求・査定し、基金・起債で財源を事前確保したうえで、計画と予算・実績の乖離を毎年度検証して改定に反映します。
Q 床面積の削減目標がある一方で、政策的判断による新築で面積が増える矛盾にどう対処すべきですか。
A 総量管理の徹底で対処します。新築で増える床面積に見合うだけの既存施設の廃止・除却を、新築の意思決定と同時に計画へ位置づけ、「新築を認めるか」と「どの施設をどれだけ減らすか」を必ずセットで判断します。なお、複数施設を一棟に集約する複合化は、設備の高度化・大規模化でかえって将来コストを押し上げる懸念があるため、目標は延床面積だけでなく維持更新費の総額もあわせて管理することが大切です。また縮減目標そのものを目的化せず、将来世代に過大な負担を残さないための制約条件と位置づけ、目指すまちの将来像を実現する手段として整理すべきです。
Q 施設を更新する際、自治体所有の新築・民間との複合・民間からの借用のどれを選ぶべきですか。判断基準は何でしょうか。
A 画一的には決められませんが、縮小社会では将来需要が読みにくいため、施設を保有して抱え込むより、需要の変化に応じて見直せる借用のほうが「持たざる経営」の観点から効率的な場合が多いといえます。たとえば庁舎は、職員数の減少が見込まれる現在、新築で規模を固定するより借用で床面積を柔軟に調整できるほうが合理的です。適正配置の指標としては、住民一人当たり延床面積(㎡/人)を全国平均と比較する手法(埼玉県三郷市の例など)がありますが、一人当たり面積は人口減少局面では自動的に悪化するため、他団体との静的比較より、自団体の将来人口を見据えた総量方針こそが重要で、指標はその判断を補助するものと位置づけるべきです。